日本のベンチャー・大学に強力な知財戦略を
山本特許法律事務所は1979年、山本健策代表の父である弁理士の秀策氏が設立した特許事務所がルーツ。健策氏は弁護士を志しつつ「これからの法律家には理系の知識が必須」という父の勧めもあり薬学部に入学、大学院では有機化学を専攻し医薬品の合成の研究を行った。この事務所の歴史と山本氏の専門性が、化学、電子工学、コンピュータ、バイオテクノロジーなどの企業・研究機関からの厚い信頼につながっている。
もう一つ、同事務所の大きな特徴が国際性だ。クライアントはアメリカの企業が8割以上を占め、オフィスには日本の弁護士、弁理士のほか、欧米、アジア各国の法律家、リーガルアシスタントらが所属。刻々変化する世界の知財ビジネスの情報を収集、知見を磨き、多様性あふれるスタッフのディスカッションで、クライアント企業の利益に資する戦略を立案している。
国内外の企業と関わり、世界でのビジネスの実情を知り尽くす山本氏。日本と海外企業の間に、知財に関する意識の違いを感じることは多い。
「日本の企業は、知財は製品や技術などビジネスに付随するものと考える傾向がありますが、アメリカなどでは、いわば知財そのものがビジネスで、発想が大きく異なります。交渉においても、日本人は『以心伝心』、言わなくてもわかってくれるという意識があり、例えば『こちらが譲歩すれば、先方も譲歩してくれるはず』と考えます。しかしアメリカや中国の企業は、相手が譲歩すれば『こちらに理がある』と判断し、さらに要求する。権利は強く主張し、紛争をいとわないアグレッシブさがあります。どちらがよいという問題ではありませんが、実情を知ったうえでビジネスを行う必要があるでしょう」
また、先進技術を研究する大学の在り方も大きく異なるという。
「日本は研究のレベルでは決して劣っていませんが、事業化においてアメリカの企業に後れを取ることが多い。アメリカではアカデミアから起業する流れが確立し、スピード感をもって権利を確保、管理、事業化しています。また、投資家が投資しやすいようなビジネスを前提とした権利の取り方をしている。知財に関する社会の習熟度合い、専門家のサポートが差になって現れている印象です」
地方企業の新産業創出を強力にバックアップ
海外企業のクライアントを多数もち、大阪を本拠に東京、福岡と、世界中にアクセスできる大都市圏にオフィスを構える同事務所は2018年10月、国内4カ所目となるオフィスを開設した。その場所は、福島県福島市。この事業展開こそ、今後の同事務所にとって大きな意味があるのだと山本氏はいう。
「福島に事務所を開設したのは、津波と原発事故により甚大なダメージを受けた地域のために、日本人としてできることはないかと考えたからです。そしてそれをきっかけに、福島に限らず、苦境が伝えられることが多い日本の地方から、世界に羽ばたけるイノベーティブな産業を創出するため、私たちがこれまで培ってきたものが活かせるのではないかと考えるようになりました」
大企業をクライアントにすることが多かった同事務所だが、現在、意識的に日本全国の中小・ベンチャー企業に法務サービスのすそ野を広げている。
「たとえば地方には、大企業のOEMで高い技術をもつ企業が多数あります。しかしOEMだけでは知財の権利が地域企業に残りません。そういった企業が、権利を確保しつつ国内外の大企業に提案できる『開発型企業』として発展を遂げるため、法務面から支援を行っていきたいと考えています」
世界の企業を相手にシビアな交渉を重ねてきた山本氏。日本の中小企業の法務には、これまでとは違ったスキルが必要だと感じている。
「大企業は、社内に知財部門、法務部門があり、定型的な仕事を請け負うことが多い。一方、中小・ベンチャー企業は、法務全体を包括的にサポートし、知財業務においても、製品や技術がもつ価値を掘り下げてヒヤリングし、知財として磨きをかけていくことが重要です。中小企業は経営者と直接話ができ、スピード感のある、攻めの事業展開ができることに、面白味とやりがいを感じています」
そして、山本氏に日本の中小・ベンチャー法務に最も必要なことを聞くと「人間味」という言葉が返ってきた。
「弁護士は『先生』と呼ばれる職業であり、難しい専門用語を話し、近寄りがたく、聞かれたことしか答えない、依頼されたことしかしない、冷たいイメージをもたれています。しかし中小企業の支援で大切なのは、クライアントに寄り添う姿勢。相手の要望を読み取り、心配ごとに共感し、できることを一緒に考える、温かみ、愛のある仕事をしていきたいと思っています」
自らのバックアップにより、日本全国の魅力ある中小企業が「化ける」瞬間に立ち会うことが楽しみだと語る山本氏。チャレンジングな中小・ベンチャー企業を力強く後押しするため、法律家としての新たな役割を日々探っている。