Powered by Newsweek logo

佐々木隆光
SASAKI TAKAMITSU

佐々木隆光

医療法人桜野診療所みんなのクリニック 理事長

高度な診断から訪問診療まで行う体制を整え、「みんな」の生きづらさに寄り添う。
高齢者の人口がほぼピークに達する2040年に向けて、厚生労働省は病床数を減らし、医療の現場を病院から自宅へ移行する政策を推進している。しかし、単に病床数を減らすだけでは高齢者の居場所がなくなることを危惧しているのが、福岡県糸島市で医療法人桜野診療所の理事長を務める佐々木隆光氏である。検査・診断、治療、訪問診療という入院以外の診療がワンストップで完結できる医療を提供し、地域のかかりつけ医としてのクリニック運営を実践している。
佐々木隆光
福岡県糸島市で患者を最期まで診る医療を提供。

福岡市の西隣に位置し、約10万人の人口を擁する糸島市。豊かな自然に恵まれながら、博多や天神へのアクセスにも優れるこの町に桜野診療所はある。中心となる「みんなのクリニック」と「さくらのクリニック」では内科、消化器内科、循環器内科、外科の外来診療と糸島市を対象とした訪問診療を行う。また糸島半島の西に浮かぶ姫島でも、月に1回の頻度で診療を行う「ひめしまクリニック」を運営し、地域医療に力を入れている。佐々木氏を含めた5人の医師が在籍し、総合的な医療を提供できることが大きな強みだ。

「福岡県の二次医療圏におけるベッド数は約6万5000床。対して訪問診療の患者さんの数は約5万2000人で、うち約3万人が老人ホームに入所しています。訪問診療の患者さんは増加傾向にあり、高齢者の居場所が病院から自宅や施設に移っていることを意味します。このペースで増え続けると、一般的な往診ではカバーできなくなります。また肺炎や感染症の疑いが生じたり、転倒や外傷、発熱などがあったりした場合、外来診療が必要ですが、その機能をもつ中核病院も減っています。つまり、地域の人たちを診るかかりつけ医が不在になり、その役割を担うためにはじめたのが私たちのクリニックなのです」

さくらのクリニックでは訪問診療に力を入れ、24時間365日体制の往診に対応する他、がんの緩和ケアや看取りも行う。診療や処置の内容も血液などの各種検査、胃ろう管理、中心静脈栄養(IVH)管理、褥瘡(床ずれ)管理、在宅の酸素療法・人工呼吸療法、胸水・腹水穿刺、外科的処置など、幅広く行っている。みんなのクリニックではCT、内視鏡、生化学検査機器、PCR検査機器などを備え、胸部単純X線画像診断にAIを取り入れるなど、高度で正確な検査、診断、処置、治療を行うことができる。

「求められるのは外科や内科も含めた診療科を標榜し、総合的に診ることのできる体制であること。現在は内視鏡もレントゲンも優れた画像で診断することができ、重要な所見を見逃すことも少なくなりました。また最近のPCR検査機器では、新型コロナウイルスだけでなく、マイコプラズマやRSウイルスを含めた15種類の感染症の検査をすることができます。今はさまざまな検査を駆使して、正確な診断や治療が求められる時代。その流れに対応できないと、地域の医療機関として生き残っていけないと感じています」

佐々木隆光
医療の本質は患者の不安を取り除くことにある。

佐々木氏が日頃の健康管理から看取りまで行うかかりつけ医のような存在になりたいと思ったのは、日本における医療体制の変化が大きな要因だった。福岡大学医学部卒業後、同大第一外科に入局し、福岡大学病院などで多くのがん患者の治療にあたった。しかし、転移・再発で亡くなる患者が多く、祖父を胃がんの転移・再発で亡くした経験をもっていたため、同大大学院に進学し転移の研究に従事。その後、世界有数のがんの医療機関として知られるテキサス大学MDアンダーソンがんセンターでの研究を経て福岡大学に戻った。

「私の医局ではすい臓がんの研究をしていて、留学先ではすい臓がんの分子生物学の研究に携わりました。帰国後も昼は臨床、夜は研究という生活を続け、当時は一人の患者さんを内視鏡治療、手術療法、化学療法、緩和ケアと、トータルで診ていました。ところが、医療が発達すると共に細分化され、すい臓がんの場合は胆膵内科で診断され、消化器外科で手術を受け、腫瘍内科で化学療法を受けてといった具合に変わっていったのです。しかし、私は一人の患者さんをトータルで診るのが重要ではないかと思っていました」

他に大きな影響を与えたのは、医師になって3年目のときに経験した訪問診療だった。多くの患者の自宅を訪れることで、抱えている思いや悩みといった患者の背景が見えてきたという。病気だけでなく、8050問題と呼ばれる中高年の引きこもりや、貧困に起因する不安や生きづらさを抱えている高齢者も多く、こうした不安を取り除くことに医療の本質があるのではないかという境地に辿り着いた。そして、この思いは患者をトータルで診療し、生きづらさに寄り添うというクリニックのコンセプトに反映された。

「患者さんの不安に真剣に向き合い、それに対応できる手段をたくさんもっている。それがかかりつけ医の役割ではないでしょうか。その手段の一つが訪問診療であり、多彩な診断ができる設備です。もちろん不安の内容は、8050問題なら子どもの就労支援が、共働き家庭の子育てなら病児保育が必要といった具合に多岐にわたります。そんな生きづらさで困っている人たちを助けるために、将来的には介護老人保健施設や病児保育施設、障害者支援施設などが集まった小さな村のような共同体をつくり、お互いを支え合う仕組みをつくることができればと考えています」

現在は訪問診療を行ううえで、医師、訪問看護師、ケアマネジャー、介護士、訪問薬剤師などの多職種間で情報を共有するアプリを開発・運用。DX化によって患者を効率よく安全に診ると共に、福祉との連携も推し進める。また、プロレスを通じて不登校などの問題に取り組んだり、高齢者施設や障害者施設などを慰問したりするNPO法人九州プロレスにも協賛。医療以外の分野にも活動の場を少しずつ広げている。

「みんなのクリニックの“みんな”には、地域の人たちだけでなく、一緒に働いているスタッフも含まれています。働き方改革で医師が自分の経験を十分に活用できなかったり、子育ての問題で看護師がキャリアを継続できなかったり、さまざまな問題があります。そんなスタッフの生きづらさを解消することにも取り組んでいきたい。ここに来れば何とかなるという、糸島における“医療と福祉の灯台”になることが、桜野診療所の目標です」

佐々木隆光

医療法人桜野診療所みんなのクリニック 理事長
https://minnanoclinic.com/
※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。