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日本と親和性の高い国から留学生を育成
同社は岡山県倉敷市の倉敷外語学院と、東京都八王子市の東京国際外語学院という、ふたつの日本語学校を運営。生徒数は前者が約500名、後者が約220名で、出身国は約半数がネパール、約3割がミャンマー、残りはスリランカ、ベトナム、モンゴルなどが占める。大学や短大、専門学校への進学を前提とし、実際にほとんどの生徒が進学を果たしている。
「ネパールとミャンマー出身者が多いのは、ヒンドゥー教や仏教の国は日本文化との親和性が高いため。将来的に日本で定住して活躍してもらうことを視野に入れているので、日本に馴染めるかどうかは重要です。生活指導を厳格に行いつつも、生徒を孤立させない支援体制で8割以上の出席率を維持。卒業までに日本語能力試験N2以上の取得を目指します」
もっとも力を入れているのは、介護業界で働いてもらうための取り組みだ。ネパールとミャンマーで運営されているトップクラスの日本語学校と提携し、現地で日本語能力試験N3を取得した生徒を対象に、日本の介護施設職員による面接と筆記を実施。合格者は倉敷か東京の日本語学校でN2を取得し、介護専門学校を経て、国家資格の介護福祉士を取得する流れだ。各国の奨学金制度を利用するため、日本の介護施設で働くことが定着しているという。
「こうしたキャリアパスに沿って、毎年約80名の生徒が介護専門学校へ進学しています。彼らは母国で祖父母らの世話をしてきた経験があるため、介護施設での評価も高い。将来的に仕事の一部をAIやロボットが担うといっても、10〜20%くらいでしょう。介護業界は日本語を話せる人間が必須ですから、日本語学校を卒業した外国人の就職先としては、もっとも親和性が高いと思っています」
人生を賭けた共生支援
大山氏が故郷の倉敷で日本語学校の運営をはじめたのは、62歳のときだ。幼少の頃から文学が好きだった大山氏は、東京大学文学部卒業後、同大大学院の人文科学研究科仏語仏文学科(当時)を修了。その後、フランス政府の給費留学生として、ソルボンヌ・パリ第4大学(当時)へ留学した。帰国後はフランス文学の研究実績などが評価され、故郷の吉備国際大学へ迎えられた。フランス語やフランス社会に関する分野の教授として、約20年間教鞭を執った経歴をもつ。
「日本語学校の設立は、大学教授時代に台湾の李登輝総統の自宅に招かれたことがきっかけでした。信念をもつこと、天職をもって一生を終えること、要職に親族を登用せず、血統よりも法統を貫いたという3つの話が印象的でした。大学教授が私の天職かどうか自問してみた際、案じられたのは日本の将来。人口減が避けられない以上は、外国人を積極的に招いて日本語を教え、共生しつつ日本の経済を支えてもらう取り組みが天職ではないかと思ったのです」
こう語る大山氏は、倉敷で岡山学院大学と岡山短期大学を運営する原田学園に要請を受け、2025年に理事長に就任。少子化の影響で地方の私立大学は定員割れとなり、経営難に陥る学校が増えている。原田学園もそのひとつで、日本語学校が抱える留学生確保に活路を見出したうえでの要請だったという。
「改革の中心はIT学部の新設。サイバーセキュリティなどを専門とし、多数の論文引用実績を誇るインドのバンドゥ・B・メシュラム博士を学部長として招聘予定です。東京大学とハーバード大学にも人脈がありますので、インドと日本、アメリカのトップクラスの人材に来てもらい、最先端の技術を学べる授業を英語で行います。インドなどの海外からも優秀な学生を受け入れ、高度なIT人材を育成することが目的。岡山は丘陵地が多いことから、“シリコンヒルズ構想”と呼んでいます」
ほかにも、日本語を学ぶ留学生別科、留学生の進学先としての介護福祉学科、さらにインド文化圏の国々では近いうちにモータリゼーションの普及が予測されることから、留学生を対象とした自動車整備学科の新設を予定。インド中西部のマハーラーシュトラ州では、トヨタ自動車が同国4カ所目となる新工場設置の検討を進めており、インドと日本の関係性はより重要になると大山氏は注視している。
「高度人材の育成で日本の価値を高めることに挑戦する一方で、地域活性化や日本経済の低迷を防ぐことに覚悟をもって取り組んでいます。すでに日本は、外国人なしでは経済が成り立たない社会構造になりつつありますが、人材誘致では近隣諸国に負けているケースも出始めています。それを回避するためには、日本を好きな外国人には親切に接し、温かく迎えることが欠かせません。日本が外国人から選ばれる国であり続けるために、社会を支えるパートナーとして共生できる土台づくりを、人生の集大成にしたいと考えています」