すべてが相互に影響し合うSDGs17のゴール
国際連合広報センター(United Nations Information Centre : UNIC)は、国連の活動を各地の言語で一般に紹介する役割を担う。国連の活動はPKO(平和維持活動)、難民支援や災害援助といった人道支援がよく知られるが、紛争予防、環境保護、人権、テロリズムとの闘いなど、様々な地球規模の課題に取り組んでいる。こうした多岐にわたる活動を広く一般に伝えるため、1958年に北東アジアで唯一のUNICとして東京オフィスが設置された。
その具体的な役割について根本氏は「日本における、国連にとっての大使館のような存在です。国連で採用されている6つの公用語に日本語は含まれないので、まずは国連に関する情報を日本語に翻訳し発信すること。全国に20カ所以上ある国連の関連事務所を束ね、調整機能を持つこと。このほか、国連事務総長や幹部の来日の機会に記者会見やインタビューなどを設定したり、国連が直面している重要課題について新聞・雑誌へ寄稿を行ったりするのもUNICの大切な役割です」と語る。
Webサイトやソーシャルメディアなど、様々な媒体から国連の活動を発信するなかで、現在はSDGsに関する情報が最も注目を集めている。その理由として、日本では2016年から政府主導のもとSDGs推進活動が続いていることに加え、掲げられた17のゴールに「技術革新」、「教育」、「雇用」といった先進国に関わりが深い課題を内含することが考えられる。
「先進国の課題にも関わるという点では、2015年に期限を迎えた前身のMDGs(ミレニアム開発目標)に新たな特徴が加わったのがSDGsだといえます。日本国内でいえば子供の貧困や、男性に対する女性の低賃金、国会議員の女性比率の低さなど、私たちにも身近な問題を含みます。全ての人の暮らしに深く関係する、幅広い分野の課題を捉えたものです」
また、2017年の世界経済フォーラム(ダボス会議)においては「SDGsの推進は、12兆ドルの価値と3億8千万人の雇用を創出する」と推計が出されている。企業の価値創造・新事業の創出などの視点からSDGsが注目されることについて根本氏は、「経済的な効果に留まらず、その先にある課題も含めた全体観を捉えてほしい」と付言する。
「例えばジェンダーの平等。女子教育の推進で質の高い教育を受けた女性が、働きがいのある仕事に就けば、格差の低減に繋がります。すると、子供や家族も健康的な食事と清潔な暮らしができ、女性は自信を持って政治へ参画し……と、17のゴールはそれぞれが繋がっています。女性のエンパワーメントはゴール5に設定されていますが、課題は独立したものではなく、相互に影響し合うという統合思考が必要なのです」
活発な言語化と受け入れ環境がダイバーシティを促進する
根本氏は東京大学法学部を卒業後、テレビ局に入社した。
「アナウンサーから報道局へ異動し、政治部で泥臭く取材を重ねました。冷戦終結後に経済大国となったアメリカで専門的に国際関係論を学びたいと思い、特別休職の交渉を経て留学しました」
ニューヨークの大学院へ留学し、国際人権法と国際難民法を専攻。講義などで訪れる国連職員との交流で難民の権利保護に興味を持った。
「当たって砕けろ」とUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)本部に務める日本人に掛け合い、ネパール事務所へのインターンシップを取り付けた。ネパールのキャンプで避難生活を送るブータン難民との出会いをきっかけに、外務省が各国際機関に若手邦人職員を派遣するJPO(Junior Professional Officer)に応募。「日本で働く夫を『2年だけ』と説得し、トルコへ駐在したのを皮切りに、国連機関本部やアジア・アフリカ・旧ユーゴスラビアなど、人道援助活動の最前線地域を渡り歩きました」。結果的にUNHCR での難民支援活動は、1996年から2011年末まで15年に及んだ。
“世界で活躍する女性”を体現し続けてきた根本氏。現在はUNIC所長となり、日本で発信すべき国連本部の情報を見分ける「目利き人」のような存在だ。女性が働く場所として見た国連機関はどのような組織なのか。
「産休・育休を取る人も多く、テレワークやビデオ会議、フレックス通勤など柔軟な働き方を取り入れています。複雑・多様でユニークな環境ですが、それでも女性の比率はまだ3割程度です」
さらに、先進国でも途上国でも女性はまだマイノリティな存在にあると語り、ジェンダー間の平等を完全に実現した国は「まだひとつもありません」と指摘する。
「女性に限らず、多様性を尊重する経営――ダイバーシティは、組織を強くするためにも大切なことです。国連機関で働く人々に共通するのは、程度の差こそあれ強いミッション意識を持っていること。私自身、子どもの頃から社会人まで一貫してマイノリティの権利に関心をもってきました。多様な人間がまとまってチーム力を発揮できるは、このミッション意識、“WHAT”をしっかりと言語化し、ビジョンに示すからだと思います」。
誰でも意見を発することができ、それを受け入れられる環境づくりが企業を強くし、利益をもたらす。「同質の視点しか持たない組織は死角が生まれやすいのです。どのビジネスでも、自分達は評価を受ける側だという姿勢で、様々な価値観や視点のフィルターを通した議論を行えば、見落としがなくなるでしょう」。
パキスタンから世界へブログでメッセージを発信したマララ・ユサフザイさんが史上最年少でノーベル平和賞を授与され、国連ピース・メッセンジャーに任命されたことも記憶に新しい。誰もが自由に発信できる現代社会において、企業はステークホルダーの意見を適切に汲み取れる、良いリスナーであるべきだろう。どんな立場であっても、一人ひとりが自分らしく生きられる社会のため、SDGsの推進は続いてゆく。