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商社の情報力を生かし、ユーザー起点の商品づくりへ
2026年、鈴鹿サーキットで開催されたF1日本GPには、3日間で31万5000人が来場、鈴鹿での開催が復活した09年以降の最多観客動員数を記録した。「趣味としてクルマを楽しむ人たちの熱量は、まったく衰えていない」。そう話すのは、カー用品の卸売業とアルミホイールの企画販売を手掛ける株式会社共豊コーポレーションの中嶋敬一郎代表取締役社長だ。
1968年創業の同社は、アフターパーツと呼ばれる自動車メーカー以外が企画・製造する後付
けのアルミホイールやマフラー、サスペンションなどを卸売りする。中嶋氏が入社した翌年の81年には自社ブランド「AME」を立ち上げ、オリジナルアルミホイール事業に参入。その製造を担ったのがエンケイだ。同社は2026年シーズンから、F1の名門マクラーレンに鍛造マグネシウムホイールを供給している。
「創業翌年、後に当社2代目を継ぐ橋本幸男が、当時、米国で人気を集めていたアルミホイールが日本でも普及すると確信。ある日、高速道路を走行中にエンケイの看板を偶然見かけ、飛び込みで直談判して取引が始まったと聞いています。エンケイのアルミホイールを扱ってからは、売り上げが急増したそうです」
AMEの特徴は、ユーザーのニーズに応える商品企画にある。スポーツ走行を重視した「トレーサー」をはじめ、多彩なデザインや用途に対応する17のシリーズのアルミホイールを販売している。設計・開発はエンケイが担い、同社の工場または協力工場で生産。幅広い商品展開と安定した生産体制の両面から、ユーザーの多様な要望に応えている。
「本社にショールームを設けたのは、ユーザーとのコミュニケーションを深めるためです。また、商社として約200のアフターパーツメーカーと取引し、さまざまな販売店に卸しています。幅広い情報を蓄積していることが強みで、販売店の要望を商品企画に反映することもあります」
人を育て、AMEを「選ばれるブランド」へ
若い頃は船乗りになりたかったという中嶋氏。東京商船大学(現東京海洋大学)を目指して浪人生活を送っていたが、次第に勉強よりもアルバイトに夢中になってしまった。心配した父が連れてきた知人に紹介されたのが、当時80人で年商80億円を売り上げていた共豊コーポレーションだった。少人数で大きな成果を上げている点に興味をもったことが、入社の決め手になった。
「東京営業所に配属され、受発注や営業を経験しました。当時はカスタマイズやチューニングの全盛期で、マフラーやアルミホイールが飛ぶように売れ、仕事もどんどん面白くなっていきました。そんな中、所長が数名の営業メンバーを連れて独立し、後任として私が就任。大きな転機でしたが、就任後の3年間は立て直しに苦労しました」
新たに取り組んだのが新卒採用だった。これまで中途採用で人材を補っていたが、組織の底上げには時間をかけた育成が不可欠と判断したためだ。この挑戦が功を奏し、後に営業所の中核を担う人材が入社。東京営業所の業績も徐々に回復した。役員昇格後は海外営業部を立ち上げ、アメリカへの輸出や中国事業も開始。2007年に代表取締役社長に就任したが、会社全体の業績は悪化の一途をたどっていた。
「全国の営業所に分散していた受発注や出荷機能を名古屋に集約し、不要となった不動産を売却しました。各営業所でばらついていた方針も統一し、業務効率化やコスト削減を徹底。また、女性向け商品を女性が企画するプロジェクトを始めたのも、私が社長に就任してからです」
今後は商社としての卸売業よりも、AMEにいっそう力を入れていくという。特に海外へはアジアや欧米を中心に16カ国に輸出し、業績も好調だと中嶋氏は語る。折しも、日本国内向けの車両や部品を取り入れた「JDM(Japanese Domestic Market)」と呼ばれるカスタム文化が海外で広がり、東南アジアや東アジアにも波及。日本のスポーツカーのカスタマイズは、各国のクルマ好きの憧れになっている。
「日本では一般消費者がアルミホイールを購入する機会は減りましたが、クルマ好きの情熱はむしろ強くなったと感じます。最近では、スーパー耐久やSUPER GTなどの大きなレースに、家族連れがキャンプ用品を持って訪れる姿も見かけるようになりました」
同社は商品企画の人材を増やすとともに、レースや東京オートサロンといったイベントへの出展機会を増やしている。さらにSNSの普及に伴い、大規模なオフ会を開催するインフルエンサーとの連携も深めている。商品の魅力を訴求するだけでなく、ユーザーの声を拾い上げ、ニーズに寄り添った商品企画につなげるためだ。その結果、名古屋のショールームには遠方から訪れる人も増え、AMEの存在感は着実に高まっている。
「今後の目標は、AMEを販売数や売り上げの規模だけではなく、ユーザーから選ばれるブランドに育てることです。そのために重視しているのが人材育成。東京営業所を立て直した時も、組織を強くしたのは人の力でした。われわれは工場を持たないファブレス企業で、最大の資産は人材。人を育てることが、ブランド価値の向上につながると考えています」