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代表就任後、さまざまな改革に着手
創業者である父が病に倒れたことを機に、東京の音楽出版社に勤務していた近藤和裕氏が急遽新日東株式会社に入社したのは2014年のこと。そして2020年に代表取締役社長に就任した。
「私の役割は、社員の皆さんが楽しく働き、輝ける環境を作ること。技術力や施工品質も当然大事ですが、最も重要なのは“人”。社員一人ひとりが誇りをもって働ける環境を整えることで、結果として顧客満足と次の受注につながると考えています」と語る、近藤氏。そのために、就任以来さまざまな改革を行ってきた。
まず手をつけたのは、人員採用だ。
「人手不足が深刻化している建設業界ですが、人が採れないと企業は衰退します。しかしこれまでは一担当者に任せきりで、それに誰も危機感を感じていませんでした。そこで私が先頭に立って、採用プロジェクト『新人さんいらっしゃい!』を立ち上げ、役員全員を巻き込んで採用活動を開始しました」
そしてハローワークの求人票の業種欄に最大460文字書けることを知ると、従来の簡潔な記述ではなく、「皆さんが普段使う道路のラインを引いています」といった具体的な業務内容とともに、会社の魅力を文字数いっぱい使って記載した。また会社の魅力を言語化するために、勤続20年以上のベテラン社員に「なぜこの会社にいるのか」について聞き取りも行ったという。
また約3年前からは、職場の環境整備活動も開始した。
「全社員を部署を横断して4チームに分け、毎朝の朝礼後に20分間決められた場所を掃除してもらっています。そして点検チェックシートに基づいて私が120点満点で採点し、3カ月の合計点でトップのチームのメンバーには2,000円のクオカードを授与します」
もちろん、これは単なる社内美化が目的ではない。この習慣によって社員の間に「環境整備」という共通言語を生み、社員同士のコミュニケーションを促進することが狙いだ。実際に、互いの仕事のやり方について話し合う機会も増え、部署を超えた連携が生まれてきたという。
またコミュニケーションの場の創出という点では、年3回の全社的な懇親会に加え、各部署ごとの懇親会も定期的に開催し、年間スケジュールに組み込むようにしたそうだ。
環境整備を通じて社内の雰囲気を改善
また近藤氏が代表に就任してからは、毎年の経営計画発表会はホテルの会場を借り、取引銀行の支店長などの来賓も招いて開催している。この日ばかりは、現場スタッフも含めて全社員がスーツを着用する。この場で配られる経営計画書がユニークなのは、社員手帳の形で携帯できるようになっている点だ。
これには経営計画のほか、社是、経営理念、基本方針、お客様に関する方針、商品に関する方針などが記されている。
「全社員で共有できるように、毎日の朝礼で読み合わせを行い、必要に応じて私が内容の解説を行ったり、社員に質問したりしています」
さらに月に一度行っている全体会議でも方針解説を実施することで、社員が会社の方向性を理解し、判断基準として理解できるように心がけている。
「経営計画書はそのためのツールとして活用しています。経営計画書を配るだけで社員が目を通さない会社も多いですが、それではもったいないですからね」
かつての新日東株式会社は、建設業界にありがちな属人化した業務体制や悪い意味での職人気質が残っている点が課題だった。しかし近藤氏が改革を開始してからは30~40代の社員が中心となって会社を動かすようになり、やや堅苦しいところがあった社内の雰囲気に変化が見られるようになってきた。
「元々この業界の人間ではないからというのもありますが、私はあまり『こうでなければダメ』とは言わず、業界慣習にとらわれない柔軟な考え方を推奨しています」
そして社員同士の気心が通い、普段抱えている悩みを相談できるような環境が育まれてきた結果、採用活動のために行っている会社の魅力の言語化において、社員から「新日東は笑いの絶えない会社」といった声が自然と上がるようになった。
「楽しく働き、輝ける環境を作るためには、前提として会社に資金が入り続ける循環を作ることが重要」と語る近藤氏。
改革を行う際、同時に「毎年売上を15%ずつ上げていくことで、5年後に売上を倍増する」という目標を設定したが、不採算業務の整理と主力事業への集中投資を実施したことで、この3年間は売上、経常利益ともに計画通りに推移しているという。
また人材採用についても、4年間で新卒・中途合わせて15名の採用に成功した。そして成長を続けるために、今後は隣接県への事業展開やM&Aも含めた新規事業への挑戦も視野に入れる。
そんな近藤氏の願いは、新日東株式会社が今後も発展しながら存続すること。
「後継者は親族や縁者からは選ばないと決定しています。創業者一族の名前は社史の中にかすかに残る程度でいい。しかし会社は20年、30年、50年と継続していってほしい。私はそのための礎になりたいと考えています」