若い医師の育成で内向きな業界を外向きに
歯の病気は歯だけを見ればいいわけではない。虫歯治療にあたっても、なぜこの箇所だけ虫歯なのか、磨く癖はどうなのか、かみ合わせは、歯周病との関連は、そういった総合的な診断を持って治療に当たれば、歯と体の健康に根本から対処することができる。医療法人社団海星会の理事長、川本真医師はこう語る。
「歯の不調にはいろいろな原因があって、それを解明していくことが好きなんです。なぜその病気が引き起こされたのか、そう考えながら治療に当たると患者さんも興味をもってくれるし、私たち医師もより前向きに治療に当たることができるんです。なんというか、歯の病に関する推理ゲームのような気持ちでやっています」
その歯の推理ゲームを在籍する100人ほどの歯科医師たちと定期的に検討会として開き、治療・診断に対する知識と技術をブラッシュアップ、大所帯ならではの強みを生かした人材育成に活用している。こうした育成活動の成果は、18におよぶ海星会出身の医師たちが開いたクリニックへとつながっている。若い医師の育成は、川本理事長にとって大きなテーマのひとつである。
「例えば、日本人の潜在的な患者数はまだまだ多いです。来院すべき人がまだ来ていない。予防歯科や根本治療の重要性を訴えて、新たな患者の掘り起こしをするべきだと思っています。しかし、現在の歯科業界は内向きで画期的な行動を起こす力が足りていません。50代の私でもそう思うのですから、30代、40代の医師はもっと強い危機感を感じているはず。業界を変えるために若い医師たちの意見をもっと吸い上げるべきです」
こうして医師の育成に力をいれてきた川本理事長のもとには、数多くの若い人材が集まってくる。彼らを強力なリーダーシップでまとめていると思いきや、「気持ちが先走るところがありまして、けっこうヘマをしでかすんです。そんな私を見て、スタッフが心配だからついてきてくれているんじゃないですかね」と笑う。
そろばん勘定で夢をあきらめてはいけない
その理事長の気持ちは、海外展開という歯科業界として画期的な活動にもつながっている。2014年にカンボジア・プノンペンに分院を展開した。日本の歯科が海外で事業を行うのは非常に珍しい。治療技術でいえば、新技術の認可が下りやすい海外のほうが日本よりも進んでいるケースも多く、日本人が海外で歯科を運営するのは難しいとされているが、川本理事長はそこに踏み込んだ。
「海外旅行が好きで、その折に歯科をよく訪ねていたんです。これは勉強になると思って、スタッフの慰安旅行でも海外歯科研修を取り入れていきました。そうやっていろいろ見ていくうちに、日本人の強みを活かせば海外でも通用すると思ったんです」
その強みとは組織力と団結力。欧米など海外は階級社会であって、ドクターとスタッフにはっきりとした上下関係が存在する。一方、日本社会はドクターとスタッフの間の垣根は低い。その協調性を活かして、ドクター、衛生士、技工士との協働をポイントに海外で勝負しようというのだ。そうして2014年、カンボジアのプノンペンに DENRICHE ASIA dental clinic & laboratoryを開院。カンボジアは日本の医療免許が使えるので、川本理事長自らが診療にあたっている。
「直接治療ができないとつまらないじゃないですか。それでカンボジアを選んだんです。最初は少し大変でしたが、今では少し名前が知れてきて患者さんも来るようになってきました」
治療のほか、カンボジアではボランティア活動も行っている。当初は月に一度、孤児院や公民館での検診を行っていたが、貧しい人たちはその1度きりしか診てもらうことができない。虫歯にとって単発の治療では効果は薄い。そこで川本理事長はカンボジアで6歳までの子どもたちは無料で治療するという決断をする。もちろん公金などはなく、自費での援助活動である。
「ボランティア活動は地域のためというのもありますが、私たちの充実感がすごく大きいんです。世の中に役に立つことをしていれば、お金は後からついてきます。今の日本は、いいアイディアを思いついてもそろばん勘定であきらめてしまいます。それはちょっと世知辛いと感じています。特に若い人たちには夢をどんどん大きくしてやりたいことに挑戦していってほしいです」
そして川本理事長自身の夢もまだまだ終わらない。他の東南アジアへの展開、生まれ故郷・広島への分院開設、そして若い人材の育成、ボランティア活動。日焼けで顔を真黒にした川本理事長の奮闘は続く。