Powered by Newsweek logo

井手 直行
IDE NAOYUKI

井手 直行

株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長

顧客を “ファン”に変える
喜びが相互に伝播するブランディング
長野県軽井沢に本社を置くクラフトビール製造のヤッホーブルーイングは、クラフトビールを全国の小売店へ流通させた立役者だ。現在は大手4社とオリオンビールに続く第6位の売上高に成長し、業界を牽引している。その躍進の背景には、狭く深くターゲットを絞って獲得した自社の「ファン」との関わりがある。
井手 直行
美味しさだけでは乗り越えられない、長い冬の時代

現在、日本人の多くが「ビール」と聞いてイメージするのは、居酒屋の冷えたジョッキで提供されるような、喉ごし爽やかで軽い味わいのものだろう。実際のところ、国内のビール市場で99%を占める大手4社とオリオンビールの代表銘柄は、スッキリと飲みやすい「ラガービール」に分類される。日本では、酒税免許の制約など歴史的な背景から「エールビール」「クラフトビール」はほとんど無く、99%がラガービールになった。しかし、残り1%の中でシェアを着実に伸ばしているのが、香り豊かで味わいに個性がある「エールビール」だ。古い歴史をもち、欧米をはじめ海外では広く親しまれている。小規模の醸造所(ブルワリー)で製造されるエールビールなど多様なビールはクラフトビールと呼ばれ、株式会社ヤッホーブルーイングは本格的な「クラフトビール」を日本国内へ広めようと設立されたメーカーだ。

同社の創業者は株式会社星野リゾートを経営する星野佳路氏。アメリカ留学中に出会って衝撃を受けたという「エールビール」を日本国内へ広めようとアイデアを温め、1996年にビール事業へ進出。地元の長野県にクラフトビールのブルワリーを設立した。創業時に営業担当として入社し、現在の代表取締役社長を務める井手直行氏は当時の状況をこう語る。
「1994年の酒税法改正で、ビールの製造免許取得に必要な最低製造量が年間2,000キロリットルから60キロリットルまで引き下げられました。この規制緩和によって、小規模なブルワリーでこだわりのビールを製造販売できるようになったのです。今は“クラフトビール”という呼び方が浸透しつつありますが、弊社の設立当時は“地ビール”として、日本酒の地酒のように町おこしや観光商材に取り入れるブームがあり、その後押しもあって売上を伸ばしました」

販売開始以降、常に売上トップだという同社の「よなよなエール」は、創立当初に開発された看板製品だ。アメリカン・ペールエールの華やかな味わいを追求し、日本初の缶入りエールビールとして売り出して、価格も安く抑えた。しかし、ブームの終焉とともに売上が低迷した。
「2000年ごろから地ビール業界全体の落ち込みが始まりました。当時の地ビールは値段に品質が伴わないものも多く『地ビールは高いわりに美味しくない』というイメージが世間に広まったことが要因のひとつでした。創業から8年ほどの間に、同業他社100社以上が倒産や業界からの撤退を決め、当社も前年比8割の売上が続きました」
従業員も半数ほどに減り、井手氏は「どんなことを試しても売上に繋がらず、社員も疑心暗鬼になっていました」と振り返る。

井手 直行
ファンとのつながり、体験を生み出すソリューション

追い詰められ、最後にたどり着いた糸口はネット販売だった。長く出店していたにも関わらず開店休業状態だったネットストアに注力するため、井手氏は2004年に営業職を離れ、ネット業務専任となった。初心者店舗向けの販売講座に通い、サイトの見直しを行うと、少しずつ売上が伸び始めた。更に、メールマガジンを通して顧客とコミュニケーションを深めるうちに、一部の顧客が自社製品のファンになってくれていることに気付いたと言う。
「時折お寄せいただく応援の声やご要望が心の支えになりました。また、クレームやトラブルには誠心誠意ご対応し、どんな方にも満足していただけるよう気を配りました」

設立当初から、ニッチな層を狙った狭く深いマーケティングを基にした製品開発を行っていた。例えば、「よなよなエール」が想定する顧客モデル(ペルソナ)は、「40代男性、知的好奇心があり、海外文化の知見を持ち、自分なりのこだわりがあり、新しいものに興味がある人」と細かく設定されている。ネットを通じた販売で想定通りのターゲットに訴求でき、顧客一人ひとりを大切にすることでファンが拡大し、リピーターとして定着していった。

さらに井手氏は、社内の環境を整備するためにチームビルディングを学び、積極的に取り入れたという。
「ミッションとビジョンを明確に定め、共感してくれる人材を集めました。フラットな組織になると社内環境は劇的によくなり、ビールの改善を地道に行う一方で、それを楽しむ様々な方法を大胆かつスピーディーに試みる組織文化が醸成されました」

現在は事業拡大を進めるほか、よなよなエール公式ビアレストラン「YONA YONA BEER WORKS」は都内で8店舗展開。更に、大規模なファンイベントや、独自コンテンツの企画・運営を活発に行っている。国内のビール市場は縮小傾向にあるが、クラフトビール市場は再び拡大するようになり、醸造所も年々増加している。日本より早く規制緩和を行ったアメリカでは、クラフトビールの出荷量がビール全体の20%ほどを占める。井手氏は「まだ小さな市場とはいえ、今後の伸びしろが大きい成長産業だと思っています」と語り、「ビールを通してささやかな幸せを届け、ノーベル平和賞をもらえるくらい世界平和に貢献したい」と笑顔を見せる。

近年はメディア露出の際に、企業のカルチャーをフォーカスされる文脈が増えたという。企業の存在意義や、製品ブランドの信念・コンセプトが深く問われる時流にあって、ヤッホーブルーイングの成功は「意味のある消費」を生み出した好例といえるだろう。井手氏は「美味しいビールとサービスでファンに喜んでもらえば、製造に携わるスタッフも嬉しく、一層喜んでもらおうと思えます。意識しているのはそうしたシンプルな相関関係なのです」と語る。同社が掲げる「ビールに味を!人生に幸せを!」という短いスローガンには、その想いが端的に込められている。

井手 直行

株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長
https://yohobrewing.com/
※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。