画像はイメージです。
廃油を再生利用する、顧客密着型の循環モデル
ものづくりの現場は、オイルなしには一日たりとも回らない。工作機械を動かすための油圧作動油、金属を削り出す際に欠かせない切削油、摩耗を軽減するプレス油やギヤ油……こうした潤滑油は、まさに「産業の血液」だ。しかし、一度使われたオイルのほとんどは、燃料として使われるか、焼却処分される運命にある。経産省の調査によれば、日本で排出される潤滑油は年間約91万kL(2022年度実績)。その大半が、CO2を排出しながら消えている。
2027年3月期以降、プライム市場の時価総額の大きい企業から、サプライチェーン全体のCO2排出量(スコープ3)を含む開示の義務化が順次進む方向にある。その影響は取引先である中小製造業にも波及する。大手企業がスコープ3を算定するには、サプライヤーの排出データが不可欠だからだ。そのため、取引先からCO2排出量の報告や削減への対応を求められる場面も増えつつある。原油価格の高騰が各種オイルの調達コストを押し上げている昨今、製造現場の負担は増す一方だ。こうした課題に対し、長野県上田市を拠点とする総合オイル商社、新進商事が打ち出した解答は、「再利用」である。
「お客様が使ったオイルを我々が回収し、劣化生成物や混入異物を分離除去して、お戻しするわけです」と、社長の福澤祐樹氏は語る。言葉にすれば単純だが、品質を担保するためには優れた技術とノウハウが必要だ。出発点は、大口の取引先から寄せられた「宿題」だった。切り粉の混じった使用済みオイルの処分費が増えている。このコストをどうにかできないものか。その問いかけを受け、福澤氏は研究と実験を積み重ね、事業化にまで導いた。
新進商事が徹底するのは、データに基づく透明性だ。まずは顧客の廃油をサンプリングし、「新油」「使用中のオイル」「再生後のオイル」の三種を分析にかけ、粘度・引火点・成分の消耗度を報告書にして提示する。顧客の納得と了承を得て、初めて本格的な再生に進む。状態によっては再生油を新油とブレンドする方法も取り入れ、柔軟に最適解を提案する。
現在は大手の石油元売り各社も、廃油を再生する取り組みを加速させている。しかしそれは、全体の廃油を集めてベースオイルに戻し、再度製品化するという大規模なモデルだ。取引先から廃油を回収し、一社一社に合わせて再生するという、より環境負荷の低いリユースは、顧客密着を貫いてきたからこそ実現できた。
「この手法ならば、油剤購入費と廃油の処分費をぐんと減らせるうえに、CO2の直接的な削減にもつながります。今の時代に欠かせない事業だと手応えを感じています」
現場で磨かれた「潤滑油」の哲学
リユースオイルという発想に福澤氏がたどり着いた背景には、現場の最前線で走り続けてきたキャリアがある。新進商事への入社は1996年。最初は配送ドライバーだった。毎朝、倉庫でオイルを積み込み、県内の取引先を回る日々。数年後、営業を任せられると、メーカーの担当者に同行しながら見よう見まねで商売のイロハを体得していった。「性格上、接客は得意だったんだと思います。挨拶の仕方から何から、お客様との関わり方を吸収していきました」。足で稼ぎ、顔を覚えてもらい、信頼を一つずつ積み上げていった。
大きな転機のひとつはリーマンショックだ。急激な景気の冷え込みにより、飛び込み営業だけでは商談につながらない時代。福澤氏は、このタイミングで、あえて製品開発に踏み出した。「『名刺代わり』になるものを考えたのです。自社製品なら、お客様の役に立つだけでなく会社の名前も入りますから」。そして完成したのが、自社ブランド「匠シリーズ」だ。コンセプトは「匠」「極」「斜」と、漢字一文字で完結するネーミング。英語やカタカナが並ぶ工業用品の中で、日本語の力強さを打ち出した同ブランドは、新進商事の知名度を高める武器となった。
逆境のたびに、さらなる一手を放つ。その姿勢は、コロナ禍で世界が停止したときも変わらなかった。2018年に社長を引き継いでいた福澤氏は「新しいものを売る」のではなく、「すでにあるものを再利用する」方向に目を向けた。油屋が、新油の販売量を自ら減らしかねない再生事業に踏み出すのは、業界の常識からすれば異例のことだ。
「会社がどうやったら生き残れるか。それしか頭にありませんでした。幸い、前々からオイル再利用の研究はしていたので、すぐ事業として始めることができたんです」
カーボンニュートラルやSDGsへの関心が高まる時期と重なったことも追い風となった。新進商事は現在、1000種類以上のオイルを取り揃え、県内500社以上と取引する、長野県最大規模の総合オイル商社に成長している。経営理念である「お客様と世の中を、潤滑に。」に込めた思いを、福澤氏はこう語る。
「一企業は、世の中にとって歯車の一部でしかありません。それならば、社会と人の間に入って、物事をつなげたり、スムーズに回るようにしたりする。そんな企業でありたいと思ったんです」
その哲学は事業だけにとどまらない。花火大会やスポーツイベントへの協賛、地元ラジオ番組の支援など、地域イベントにも積極的に関わり、街の魅力発信を支えている。
「ファンをつくらなければ会社は存続できません。まず身近にいる従業員や、その家族を大切にする。そこから足場を固めて、地域にも還元していく。その循環が巡り巡って、会社を強くするんです」
真の使命は、人と人との潤滑油になること。現場を駆け抜けてきた2代目社長の挑戦は、長野に新たな循環の輪を生み出そうとしている。