画像はイメージです。
価値観が多様化する時代に求められる「文脈力」。
マーケティングとは、「商品やサービスが売れる仕組みをつくること」とされているが、本質は「売れる、売れない」ではない。人間の心の深層を理解し、価値を設計することだ。株式会社mazuWA代表取締役社長の山口郁未氏は、マーケティングを”文脈“と捉え、「その人にとって価値のあることを届けること。マーケターだけでなく、多くの人に重要」と定義づけた。
文脈とは、言葉の背景にある意図や状況を含む包括的な概念を指す。日本社会では文脈を共有することが一般的だったが、近年は価値観の多様化やSNSの台頭などによって、文脈のズレが急速に進んでいる。山口氏はこの状況を、言語化する能力の欠如と同様に、日本全国の会社組織に蔓延している共通の課題ではないかと推測した。
「若手は時代に関係なく、言語化を苦手とする人が少なくありません。その上の中堅は、さらに上の世代から“俺/私の背中を見て学べ”と言われて育ちました。日本全体が同じ方向を向いていた時代は、皆が暗黙知ともいえる文脈を共有していましたが、価値観が多様化した現代は違います。あらゆる世代で言語化が苦手な人が多く、さらに文脈の一部といえる共通言語も少なくなっている。これは喫緊の課題です」
そこで開発したのが「Wow Camp©」と名付けた企業向けの研修プログラムだ。言語化能力や文脈を含む思考力を高めることが目的で、少人数のグループを対象にした講義を月1回、12カ月行う。要となるのは宿題として毎日行うトレーニングで、3つのフェーズに分かれる。最初は日常の気づきを言語化し、次に深く思考することで気づきの裏側にある本質を突き止めていく。最後は、そこで得たものを自分の業務に置き換えていく工程で、これらをシートにまとめていく。
「ある受講者の方は、コンビニのコーヒーマシンに設定された濃さを選ぶボタンが気になりました。“濃い”ボタンの下にあるボタンには”薄い“ではなく、“軽い”と表記されていたからです。ここから得たのは、辞書的に正確な言葉が、必ずしも人の心を動かすとは限らないという気づきだった。その方はこの気づきを抽象化して、自身の業務に応用しました。こうした事例を全員にシェアし、皆で学んでいこうという姿勢で研修を行っています」
“How”ではなく、それを生かすベースの力が必要。
山口氏は大学卒業後、江崎グリコに入社し、志望したマーケティング部に配属された。生活者のニーズを掴むために、考え抜くことや、それを自分の言葉で伝えることがうまくできず、苦しんだ。しかし、後に異動した営業部や人事部でも顧客思考が役立つことを経験し、マーケティングの本質を知ることになる。さらに、社内制度を活用してJICA海外協力隊に参加し、ベトナム中部に暮らす少数民族の生計を支援するハノイのNGOで任務にあたった。
「『手工芸品にも誰かが欲しいと思うマーケットインの発想が必要』など、伝えたのは価値をどう生み出すか。しかし押し付けでは長続きしないので、内発的動機の喚起にこだわりました。ある日、少数民族の手工芸品を紹介するイベントを行うことになり、つくり手たちにも来てもらいました。すると、来場者の反応を目の当たりにしたことで自分たちの文化に誇りをもつようになり、後にオンラインツーリズムを始めたいと、自発的に行動を起こしたのです」
帰国して複数の部署を異動した後、山口氏は起業を決意。さまざまな企業の人たちと話してみて、直面したのが前述の課題だった。Wow Camp©のWowは、気づきや日常の違和感などを意味する。Campはそこから深掘りして思考する工程が、手間暇をかけることを楽しむキャンプになぞらえたものだ。山口氏は「必要な不便」と呼び、この研修プログラムを監修した東京外国語大学副学長の中山俊秀教授は、「早く答えを出そうとする文化に対するアンチドート(解毒剤)であり、世の中が見失っているものに目を向けさせる」と評価した。
「便利な時代になったせいか、皆が“How”ばかりを求めている。けれど、それを機能させるための土台が身についていない人が多く、このベースの力を鍛えるのがWow Camp©です。今はマネージャーやマーケターなどが対象ですが、ビジネスパーソンはもちろん、すべての人に有用なはず。仲間から、自分の子供にも受けさせたいと言われたときはうれしく感じました」
この事業を始めてまだ2年だが、すでに六甲バターや損害保険ジャパン、ヤンマーホールディングス、カンロなど、上場企業を含む複数社が導入している。実際に大ヒット商品のアイデアにつながったケースも出てきている。社名にしたmazuWAとは、前職の人事部時代、若手社員の働きがいを高める独自プロジェクトを立ち上げた際の名称をそのまま使った。
「mazuWAの後に続く言葉は何でもよくて、私の場合は “自ら、信じる”です。自分以上に自分を信じてくれた人たちの存在が、今の原動力です。私も誰かの可能性を信じ、目の前のことに精一杯取り組んでいきたい。多くの人は展望を描くことで焦ってしまい、“How”を求めてしまいます。大切なのは、気づきが生まれる今この瞬間。そう思えるよう伴走することが、私の役割だと考えています」