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建設不況のタイミングで新卒採用をスタート
1920年、滋賀県の甲賀郡(現在の甲賀市)で初代社長が木造建築業をはじめ、54年に現在の組織や社名となった三陽建設株式会社。滋賀や京都、大阪に拠点を置きながら関東までの施工エリアをカバーし、得意とする生産系施設をはじめ、運輸、商業施設、住宅など、幅広い用途の建物の設計から施工までをワンストップで請け負う総合建設会社だ。
日本の中小企業では社長が世襲制となるケースは多いが、同社では伝統的に、血縁に関わらず社員の中から社長が選ばれてきた。2018年に、そんな同社の5代目社長に就任したのが阪本仁彦氏。建築や営業の現場で経験を積み上げ、2012年からは専務取締役として辣腕を発揮するなど、同社の社内改革をリードしてきた人物だ。
現在、建設業界では人材不足や職人などの高齢化が大きな課題となっている。一方、同社では、約80名の社員の約6割を20代・30代が占め、現場で活躍できる若手人材も順調に育っている。
「当社が若手の人材採用に注力するようになったのが、今から15年ほど前のこと。当時は建設不況といわれる状況にありましたが、社員の年齢構成を考えると10数年後にはベテランばかりになってしまうことは明らかでした。こんな時代に新卒を採用してどうするんだという批判的な声もありましたが、すぐにでもはじめなければ間に合わないと考えて、新卒の採用をスタートさせたのです」と、阪本氏は話す。
業界の多くの企業が新卒採用を見合わせるなか、同社は優秀な若手人材を獲得。併せて中途採用にも力を入れたことで、直近の15年で社員は約50名から約80名に増え、若手から中堅、ベテランまで厚みのある人材を確保することに成功している。
現場監督も経営者も自前で育てるという挑戦
同社の人材採用・人材教育のポリシーが、「全員で採用して全員で教育する」というもの。
「採用には若手を含む全社員に何らかの形で関わってもらい、新人社員を全員で育てるという意識づけをおこなっています。従来の建設業界では、入社してすぐ現場に放り込まれ、先輩の職人の動きなどを見て覚えろという教育が当たり前でした。とはいえ、それだと若手社員の不安も大きく、先輩社員などとの関係性も配属された現場だけのものになってしまいます。当社では入社1年目の社員は全員がアカデミーという部門に配属され、そこで社会人として現場に出るための教育を受けてもらいます。また、半年間のジョブローテーションで各部門をまわることで、新人社員が全ての先輩社員と関わりをもつ機会も設けています」
阪本氏がそう説明するアカデミーは、約5年前にスタートした取り組み。さらには5年間で計画的に現場監督を養成するカリキュラムに加え、今年の4月には次代の会社を担う中堅社員に向けたカリキュラムなどもスタートした。
「アカデミーをはじめた当初から、最終的には経営陣も自分たちの手で育てるという目標を立てていました。ですから専門的な知識などが必要になるものを除き、すべての講座のカリキュラム作成から講師までをできる限り社員が務めるような形にしています。中堅社員を対象にしたカリキュラムはまだはじまったばかり。週に数回の講座を仕事の合間に受講してもらうので少し大変かもしれませんが、現時点では多くの社員が積極的に学ぶ姿勢を見せてくれています」
そうした自前の社内教育制度には、年齢を重ねたOBたちが後輩に経験を伝えるなど、定年を迎える社員に活躍の場を用意したいという思いも垣間見える。
阪本氏が社長に就任した2018年以降には、工期や現場規模に応じた休暇制度の導入や、オープンな評価制度による「給与の見える化」など、社員の働きやすさを重視した社内改革も次々に推進。原価管理システムや顧客マネジメントシステムを業界でもいち早く導入するなど、かねてから力を入れてきたDXによる業務効率化のさらなる深化も図っている。
「建設業界で我々が今後も成長し続けるには、一人ひとりの社員やお客様、協力会社や同業他社の方々などとの、人と人との繋がりが何よりも大切になると考えています。今後も人と人との繋がりを大切に、利益だけを追求して会社を大きくするのではなく、社員の成長に見合った形で企業としての成長を重ねたい。人材への投資を続けることはもちろん、将来的には当社で育った人材がより活躍できる場を用意するための分社化やM&Aなども検討し、総合建設業としてより強みを発揮できるホールディングス化を目指していきたいと思っています」
かつては3Kという言葉もあったように、建設業界を敬遠する若者は今も少なくない。
「そもそも建設業界の仕事には魅力もやりがいもあります。企業の側が教育制度や働く環境を見直すことで、建設業界で働きたいと思う若い人たちはまだまだ増えるはず。大手と比べて資本や人材に乏しい中小企業でも本気を出せばここまでできるんだと。私たちの取り組みを通じて、建設業界に一つのモデルケースを示すことができればとも考えています」
社員と歩調を合わせた自社の成長と建設業界の未来のために、阪本氏が牽引する三陽建設の挑戦は続いていく。