アルバイトのつもりで始めた診療所
「開業の動機は不純でした」と笑う松本正道医師。神戸大学医学部からそのまま大学に残り、研究者としての道を歩んでいたが、大学の給与だけでは学会や書籍などかさむ研究費に足りない。経費を診察のアルバイトで賄うことにしたが単発では効率が悪い。そこで松本医師は、仲間と診療所を開くことに。
「アルバイトに行くなら診療所やるか、という程度の本当に軽い気持ちでした」
しかし、である。当時は地域に医療機関が少なかったため、多くの患者が診療所に来るように。開業するつもりはまったくなかったという松本医師だが、結局大学を辞め、有馬の診療所に専念することとなった。
「大学には私の代わりはいますが、診療所は私ひとり。いなくなったら困るのは患者さんですから、診療所に専念することにしました。教授には約束が違うと怒られましたが(笑)」
以来、松本クリニックをはじめ有床診療所、サービス付き高齢者向け住宅、グループホーム、訪問看護ステーションなど有馬地域で医療資源を増やしてきたが、そのどれもが地域の声にその都度応えてきた結果だという。
「有床診療所を始めた頃です。肺炎の方が病気は治ったのですが、入院生活で足腰が弱って帰れなくなってしまった。治っても自立した生活を失ったら、本当に治したと言えるのかと疑問に思いまして、診療所の隣にサービス付き高齢者向け住宅を建てました。有馬で開業して34年、最後まで関わるには、医療から介護まで一貫してやりたいと思っています」
医療から介護までの一体化は松本医師のライフワークとなっているが、その中心にあるのが有床診療所である。病床数19床以下と定められた有床診療所は、地域医療の担い手とされてきたが、国の方針変更により医療費を大幅に減額、多くの診療所が存亡の危機に立たされている。
「確かにホスピスや療養病棟にしたほうが経費はおさえられますが、高齢化社会の中では看取りもあり、急性期病床もあり、検査もありといった小回りの利く地域の有床診療所こそが求められています。細分化してしまった現代医療では局部だけを見て、森全体を見ない。医師は病気ばかりをクローズアップするのではなく、それ以外の要因も考慮すべき。例えば患者さんの精神的なケアなども大切な医療行為のひとつなんです」