有機溶剤リサイクルでCO2排出量を劇的に削減
気候変動という地球規模の課題に対し、企業はさらなる責任を求められつつある。CO2排出量に関して、自社拠点での直接排出やエネルギー使用による間接排出だけでなく、サプライチェーン全体について開示する義務が2027年3月期以降、段階的に東証プライム上場企業に課せられる見込みだ。とくに製造業にとっては、厳しい挑戦となる。
こうした状況下で、実に半世紀以上も前から、独自の技術力で答えを出し続けてきた企業がある。神戸に本社を構えるコーベックス株式会社だ。同社は、製造現場で多用される「有機溶剤」の再生装置を手がけている。使用済みの溶剤を加熱し、蒸発させ、不純物と分離したガスだけを冷却することで、再生利用できる仕組みだ。使用済み溶剤を焼却処分すると大量のCO2が発生してしまうが、リサイクルによって排出量を50分の1まで激減させることが可能となる。さらにCO2だけでなく、有機溶剤の購入コストと廃棄コストを大幅に削減するという、二重のメリットも提供している。
「インターネットがない時代は『知る人ぞ知る』装置でしたが、今ではアジア圏を中心に海外展開もできるようになりました」と、社長の松原啓一氏は語る。有機溶剤には爆発リスクがともなうが、コーベックスは防爆技術に加えて、真空減圧下での低温処理を組み合わせることによって、安全かつ効率的なリサイクルを実現した。特許を多数取得しているほか、日本発明大賞において複数回の受賞を果たしている。
しかし、コーベックスの革新性は技術だけにとどまらない。単に装置を製造・販売するだけでなく、顧客が環境課題を解決し、利益を向上させるためのソリューションを提供しているのだ。再生した溶剤の量に応じた従量課金型のサブスクリプションモデルを用意し、初期投資に悩む中小企業には、国の補助金活用をコンサルティングする。こうした新たなビジネスモデルは、同社が掲げる「ものづくり × 環境 × IoT × ファイナンス」という、未来像の具現化にほかならない。
“リスクを希望に変える”新時代の製造業を
松原氏がコーベックスの新代表に就任するまでには、大きな転換点があった。大学卒業後、証券会社でキャリアを積み、デイトレーダーとして独立。20代の頃は「なんでもできると思って図に乗っていた」という。そんな松原氏を打ちのめしたのが、リーマンショックだ。「おごりのバチが当たった」と痛感し、第二の生き方を模索しはじめる。東京・板橋の町工場が多い地域で育ち、実家も印刷業を営んでいたことから、ものづくりの世界に惹かれていった。かつては魅力を感じなかった父親の仕事が、新たな道標となったのだ。証券会社時代にエネルギー分野を担当していた経験からたどり着いたのが、コーベックスだった。まだSDGsという言葉すらない時代に、「社会に絶対必要な装置だ」と直感した。
家族の反対を押し切って関西に移り住み、セールスエンジニアとして再出発。営業畑から一転、設計・生産管理・メンテナンスまで、ものづくりの全工程を叩き込まれた。「リサイクルは外来語だが、モノの”循環”はもともと日本が得意としていた。その哲学を装置に込めている」という、創業会長が50年かけて培った技術と思想を、わずか5年ながら濃厚な時間を重ねて受け継ぎ、確かな土台を築き上げた。そして2024年、事業承継という形で経営のバトンを受け取った。
「製造現場は極めてクリエイティブな場所です」。松原氏はそう断言する。同時に、職人文化の伝統が、若者の成長や新たな挑戦を妨げる一面もあり、チャレンジに消極的となっている現実に、強い問題意識をもつ。その視線の先にあるのは、「ニュータイプの製造業」をつくりだすことだ。営業所の代わりにバーチャル工場によって、遠隔地でも同社の施設を体験できるようにするなど、デジタルやAIを駆使し、より効果的な"経験"を提供していく。
「チャレンジのリスクを説く人は多いですが、そのほとんどが定量化できていないファジーな不安にすぎません。リスクを正しく評価し、恐怖と希望の割合を2:8くらいにマネジメントできれば、新たな領域に踏み出せるはずです」
そんな松原氏の考えに共鳴し、社会課題の解決に情熱を傾けられる若者達が、大手企業や異なるフィールドからそれぞれの培った知見を携え、コーベックスに集いはじめている。
同社は、自社のCO2排出量を、世界共通目標である2050年より大幅に前倒し、2026年までにゼロとすることを宣言した。さらにその後は、サプライチェーン全体での達成に挑戦していく。
「『我々の製品はCO2を排出せずにつくっています』と言えるようにします。それが社会の求めている理想の製造業でもあるはずです」
金融の世界での挫折から、ものづくりの本質へとたどり着いた異色のリーダーの挑戦は、日本の製造業に新たな潮流を生み出そうとしている。