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熊谷康正
KUMAGAI YASUMASA

熊谷康正

クマガイ電工株式会社 代表取締役社長

30年経っても修理して使い続けられる、
今の時代に呼応する丁寧なものづくり。
製造業の空洞化が叫ばれて久しいが、大阪府八尾市のクマガイ電工株式会社は今でも国内自社工場での製造に力を入れている。看板商品は30年以上前に誕生したバス保温クリーナーで、ロングセラーの理由は確かな技術力に加え、消費者の立場に立った製品開発にある。SDGsが掲げられる中、代表取締役社長の熊谷康正氏は基本に立ち返ったものづくりが大切だと説く。
熊谷康正
バス保温クリーナーを生み出したパイオニア。

1965年、クマガイ電工は貴金属の商社に勤めていた熊谷氏の父が脱サラをして大阪で創業。金や銀を触媒に使った電気接点材料を製造販売する会社としてスタートした後、加工工場として発展し、1982年に会社が躍進する起点となる出来事がおこった。観賞魚用のサーモスタットやヒーターを製造する話が舞い込み、初の自社ブランド「サンアート」の商品として売り出したところ高評価を得たのである。

「ちょうど昭和の高度成長期で、生活に余裕が出てきた家庭では熱帯魚を飼うことがブームになった時代です。当時のサーモスタットは機械的にオン・オフするバイメタル式が主流だったのですが。クマガイ電工では他社に先駆けて電子回路化。接点を持たず半導体で制御するため、故障が少なかったことが人気の理由でした」

しかし、サーモスタットやヒーターはあくまでも趣味の世界のもので、生活に不可欠なものではない。この経験で培った温度を厳密にコントロールするという技術を、日頃の生活の中で役立てられないかという目的でたどり着いたのが風呂だった。観賞魚用ヒーターの大型版をイメージし、湯水を張った浴槽に手をぬらさずに本体を取り出す発想から、商品を浮かべて、ユーザーが好みの湯温を維持。さらに循環機能を加え、お湯を浄化しながら保温するというバス保温クリーナーが誕生した。当時、24時間風呂という商品がすでにあったが、さまざまな面でバス保温クリーナーは優れていた。

「一般的な24時間風呂は、大型の本体を浴槽のフチに設置し(工事が必要)、浴槽内の湯を循環させるために配管処理を行います。湯水は吸い上げ時や配水時に、折角加温したお湯が配管での熱ロスで冷めてしまいます。それに対して、バス保温クリーナーは直接浴槽に入れるため、ヒーターのエネルギーロスがなくランニングコストが極端に安い。工事不要のため賃貸住宅でも使うことができ、当時の商品価格は24時間風呂の4分の1から3分の1でした。加えて浄化機能によって最長で一週間水を変える必要がなく、上手く使えば1年で商品代を補えるくらいのガス代や水道代を節約することができます」

1990年に誕生したバス保温クリーナーは時代の変化に合わせてアップデートを繰り返した。現行モデルではお湯を循環させる際にミネラル成分が溶出し、温泉のような温浴効果が得られるなど、充実した機能を誇る。しかし、もっとも注目すべき点は品質に対する信頼性であろう。20~30年も前に購入したバス保温クリーナーを、今でも大切に使い続けている顧客がたくさんいるという。

「機能をシンプルにしてお求めやすい価格を実現するなど、時代によってお客様のニーズに細かく対応してきたこともロングセラーになった理由の一つだと思います。また、商品が故障すると、一般的には新商品への買い替えを勧めますが、修理部品の在庫がある限りは修理にも対応しています。これまで愛着をもって使われてきたお客様は、修理後も以前と同じように使うことができることを知るととても喜ばれますね。それほど長い間愛用していただいているのは、私たちとしてもとても喜ばしいことです」

熊谷康正
品質を重視するのはメーカーとしてのプライド。

バス保温クリーナーで高い技術力を証明したクマガイ電工が、次の自社ブランド製品を出したのが2008年。マイクロカーボンファイバーヒーターを搭載した手袋&ソックスからスタートし、現在ではルームシューズやベスト、ブルゾン、パンツなどを幅広く展開しているヒーター付きアイテムである。その特徴はマイクロカーボンファイバーヒーター自体が繊維のように柔らかくて軽く、バッテリー駆動によって遠赤外線効果が得られること。そして、これらのヒーター付きアイテムでも最大の強みは信頼性の高さだった。

「他社に先駆けてヒーター付き商品を発売したため、当初は市場を独占するほどの勢いがありました。おかげさまで知名度は高まりましたが、その強みは販売店からのクレームがほとんどなかったことなのかもしれません。カタログ通販では3~4割の返品率は決して珍しくないのですが、私たちの商品の返品率は1割にも満たないそうです。展示会で商品を試用していただく際も、スイッチを入れてわずか5~10秒で温かくなることに驚かれますね」

商品に共通しているのは、大手メーカーではなかなか手を出せないニッチな市場を対象としていること。特筆すべきは暮らしの中で役立つものであり、使ってみて初めて分かる使いやすさや故障のしにくさといった、商品としての基本的な性能が優れていることだろう。こうした独自の技術や顧客目線での商品開発、品質への追求などが評価され、2012年には「大阪ものづくり優良企業賞2011」の’’特別賞’’を受賞した。

「中小企業は資金力が乏しく、何か大きな問題が発生すれば会社が傾きかねません。だから品質には絶対的なこだわりをもっており、特に事故につながる可能性のある部分への安全性については何よりも重視。バス保温クリーナーには11種類もの安全装置を備えています。最終的にはダンボールを梱包する際のテーピングも品質の一つとして捉え、お客様が手にした瞬間から良い商品と感じていただけるものづくりを心掛けています」

高い評価を受けている「サンアート」の商品だが、その多くは秋冬向けになるため、春夏を含めた通年販売できる商品開発が待たれる。そのために社内に提案制度を設けているほか、ものづくりに協力してもらっているパートナー会社など、さまざまなところから幅広い意見を募り、ニッチな分野で生活の中で役立つ商品開発に取り組んでいる。さらに、八尾市の中小企業が連携し新しい産業の創出を目指す「みせるばやお」の活動にも参加。ここではものづくりの楽しさを地域の子供たちに伝え、将来の中小企業を担う人材の育成にも力を入れる。

「私たちのつくる商品は昔から省エネを謳っており、かつ長く愛用することができます。環境問題やSDGsに対しても世の中の期待に応えることでメーカーとしての誇りをもち、「この分野の商品ならクマガイ電工!」と言われる存在になっていたい。そして、いつかは私たちが生み出した商品が世の中の標準品になる、そんなことも願っています」

おもてなしと同様に、顧客目線に立ったものづくりは日本人だからできる特有の強みになる。製造業の空洞化に歯止めをかけるためには、そんな精神性と独自の技術を追求し続ける姿勢こそが求められている。

熊谷康正

クマガイ電工株式会社 代表取締役社長
https://www.kumagai-dk.jp/
※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。