
古家を再利用。建築のプロによるコミュニティースペース
建築士の仕事は「箱」の建築だけでなく、居心地のよい空間を叶える総合的なプロデュース――こう語るのは株式会社ファーバルデザイン代表取締役の川辺勝也氏だ。同社は愛知県名古屋市を拠点とする建築事務所。川辺氏は大学卒業後にハウスメーカーへ入社、その後不動産会社に転職。30歳で不動産会社を共同経営するなど、建築業界で研鑽に努めてきた。新築、リノベーションなど「建築」と「不動産仲介」は本来別の業種だが、同社では両方を扱えることが強みだ。出会いから引き渡しまで寄り添い、顧客が理想とする住まいの実現を目指している。
しかしながら、アフターフォローはあるものの、建築完了後に建築士が顧客と交流することは実際にはほとんどない。そこで、地域社会との接点を広げる必要性を感じはじめた。さらに、予測不可能な時代、従来と同じことを続けているだけでは事業存続の見通しは難しい。そこで川辺氏は会社の枠を超え、有志とともに第三の居場所(サードプレイス)をつくるプロジェクトを立ち上げた。
サードプレイスとは、自宅や学校、職場以外の居心地がよい場所のこと。ストレス軽減や夢の実現、趣味や価値観が近い人と共感し合うコミュニティとしての役割が期待される。川辺氏が理念に掲げる「ウェルビーイング」を体現する場所といえるだろう。
「仕事を通じた出会いは自分と近い業種の人に限られるため、情報源や思想が狭まる傾向にあります。また、最近は子育て中の人が気軽に集まれる場所が減っていると聞きます。日ごろのストレスや責任感から解放されたり、視野を広げたりして、幸せを感じてもらえるような場所を提供したいと思っています」
その第一弾となる場所が、名古屋市緑区に構える事務所併設のレンタルスペース「グリーンパークギャラリー」だ。古家ならではの味わい深さを生かし、地球環境にも配慮したリノベーション物件には、川辺氏のこだわりである「五感をくすぐる体験」が随所に散りばめられている。
まず、駐車場から玄関へのアプローチを最大距離まで取り、目的地に向かう間の高揚感を長引かせる演出が施されている。扉を開けた瞬間に木材の香りが鼻腔に広がり、豊かな緑と無機質な素材、音楽が調和するように作られている。キッズスペースは階段を上った高めの位置に半個室として設け、親子がそれぞれ独立しつつも目線を合わせたコミュニケーションをとれるよう工夫した。オープンして半年余りでSNSから口コミで評判が広がり、4カ月先まで予約でいっぱいだという。現在は主に会議やセミナー、ワークショップ、CM撮影などに活用されているが、ゆくゆくは外国人観光客向けの店を併設するといった改良を予定している。
「別の場所にも、第二弾、第三弾となるコミュニティースペースの建築を目指しています。ただし正直なところ、今はまだ収益の柱となるような成果は出していません。残念ながら慈善事業だけでは長続きしませんが、『人を幸せにすること』は『自分を幸せにすること』につながります。人と人がふれ合う場をつくることで幸せを分かち合う機会を設け、社会全体の幸福度が上がるような取り組みを事業と並行して続けるつもりです」