一番大事なのは、従業員が楽しく働ける場所を創ること
「コロナ禍によって、学生さんの新歓コンパなど、飲み会の風習が途切れてしまいました。居酒屋業界全体を見渡すと、まだ完全に回復したとは言えない状況ですね」と語る、株式会社一休代表の金子清範氏。2025年で創業50周年を迎える一休だが、経営者として、これまでの一休の歩みや経営方針を変えていかなければいけないと考えていると言う。
「先代の父が創業した当時からこれまでは、社会情勢も含めて本当にイケイケどんどんでしたが、これからは本当の意味での従業員やお客様、地域の三方よしを追求していかなければいけません」
居酒屋チェーンの経営を通じて、本来お酒を囲む場所がそうであるように、どこか懐かしく安心できるような、憩いの場所としての場を提供し続けたいと言う金子氏。その鍵となるのは接客の質の向上だ。
「近頃の飲食業界は、利益率や売上重視の事業形態や作業のような接客が増えてきてしまっているように感じられます。しかし本来の接客とは、一人ひとり、目の前のお客様を楽しませることの積み重ねだと思います。もう一度初心に戻って、相手の気持ちを考える"人情"のような想いを大切にすることが重要だと思います」
チェーン店はどこでも同じサービスが受けられることが長所のひとつではあるが、それに固執する必要はないと金子氏は考えている。
「これまでのチェーンは、統一意識が強すぎました。そうでないとクレームをいただいたりもしましたが、コロナ禍を経てみんなの意識が変わったように感じます。地域ごとに求められることも変わるため、今は地域ごと、店ごとで個性を出していくことも重要だと考えています。立地や季節なども鑑みながら、オリジナルメニューを増やしたり、地域や街とのコラボを企画したりして、店の魅力を自分たちで作り上げていくことが必要です」
そしてスタッフが自発的に顧客をもてなす方法を考えて、実行していけるようにするためには、何よりも従業員が楽しく働ける場所を創ることが大切だと言う。
「従業員が楽しくなければ、お客さまを楽しませることはできません。楽しみながら働くことで、本領が発揮できる。そしてそれが従業員、家族、お客さまへと伝わっていくことで、地域をもっと元気にしていくことにもつながると思っております。花咲くまでは時間がかかるかもしれないが、これだけは本当に大事にし続けていきたいですね」
社会貢献できる居酒屋であり続けたい
「従業員が楽しく働ける場所を創る」ため、金子氏は2021年3月の代表就任の前後からさまざまな改革を行ってきた。従業員の就業環境の改善もそのひとつ。
例えば、午前1時だった店舗の閉店時間を、従業員が終電までに帰れるように午後11時に早めた。「居酒屋というとブラックなイメージをもつ方もいらっしゃいますし、実際に父の時代はそういうところもありました。しかし営業時間を延ばし、従業員に負担をかけながら売上を増やすのではなく、短い時間でいかに売上を増やすかを考えるべきだと思いました」
また従業員が言われたことをただ行うのではなく、顧客が望むことを自分たちで考えて、実行していけるように、社員教育を通じて個性を発揮できるようにマインドセットを行っている。
「定期的に行っている店長会議や副店長会議の際に講師を招いてさまざまな研修を行っています。内容はビジネスマナーから金融投資までさまざま。コロナ禍中はメンタル面のサポート的な内容が多かったですね」
こうした改革を実行する一方で、一休の付加価値を向上するために、これまで行ってこなかった取り組みへの挑戦も意欲的に行っている。そのひとつは、本社がある東村山市の農家で採れる「多摩湖梨」を活用したオリジナル商品およびメニューの開発だ。
「多摩湖梨を生産する過程では、できた梨を間引く必要があります。間引いた梨は品質には問題ないのですが、そのまま売ることはできないので、これまでは廃棄するしかありませんでした。それで農家の方が困っているという話を知人から聞いて、『これだ!』と感じました」
金子氏は、間引いた梨を加工して売ることを思いつき、オリジナルの果汁シロップを開発。2022年に製品化し、23年から販売している。また一休の店舗でシロップを活用したサワーなどのドリンクメニューを提供している。「東村山のため、業界のため、会社のためにもなる、一休のSDGsの核となるものができました。地域へ貢献をしながら、お客様や従業員に喜んでもらえる方法を考え、会社の利益につなげ、また次の社会貢献へとつなげていくこと。この循環が本当の意味でのSDGsだと考えています」
また10年前から赤十字への寄付などは行ってきたが、能登の震災を受けて、店舗の有料会員カード1枚につき30円〜を寄付するなどの取り組みもはじめた。
「50周年記念の会員カードは、能登の輪島塗の組合とコラボして、蒔絵師さんにデザインをしていただきました。一休は、何かしら社会貢献できる居酒屋でありたい。そして時代は変わっても、新しいこと、地域、会社、スタッフのみんなのためになるようなことに挑戦し続けていきたいですね」