「断らない」救急医療の現在地
同病院が提唱する脳卒中治療の特長は、開頭術と頭を切らない脳血管内治療を一人で、一つの手術室で行う「ハイブリッド治療」にある。低侵襲で手術時間が短い脳血管内治療と開頭術を、患者が置かれた状況を総合的に判断し選択、患者の生命と予後に大きく影響する時間短縮を実現するものだ。
「クリニック並みの敷居の低さと、大学病院並みの治療内容」を掲げる同病院は、上記の治療内容はもちろん、救急医療でも大病院に匹敵する実績をもつ。60床に対して5名の脳外科医、総勢約100名の医療関連スタッフを擁する中堅病院だが、救急患者の受け入れ数は年間3,000人以上。救急車受け入れ数は年間2,000台以上に及ぶ。「同業者に言っても信じてもらえない」と郭氏がいうように、驚異的な数字だ。
「断らない」救急医療は、医師の技術だけでは実現しない。「コ・メディカル(医療従事者)を含め、チーム医療があってはじめてできるものです」と郭氏が強調するように、チームの士気は極めて高い。急患に対し統率を保ちながら、患者のために何をすべきかを考え、自らの判断で動く。フットワークが軽く動ける院内動線などの改善策を出し合い、医師が治療に専念できるよう組織を進化させているためだ。
郭氏はリーダーとしての組織づくりで、病院ではなく企業経営の知見を参考にすることが多いのだという。「100名のスタッフのモチベーションを高め、パフォーマンスを発揮する新しい医療組織の在り方を考えるとき、企業経営から学ぶことは数多くあります」と打ち明ける。
そして、それは郭氏自らの意識改革でもあった。
「たとえば我々の業界には、昔気質で職人的な『見て学べ』の文化があり、私もそのような環境で成長しました。良い面があることも否定しません。しかし人材育成の観点からみると効率が悪く、結果的に国民健康へ寄与する部分が少ないのだと考えています」
脳卒中撲滅に向けた多角的な取り組み
若い医師に脳卒中治療医として一日でも早く、一人前に成長してもらいたい。そのために必要となるのはスピーディーな技術継承だ。郭氏が新たに導入したのが、VRによる手術シミュレーション。ゴーグルをつけると、過去の患者データをもとにした、リアルな手術の光景が目の前に展開される。離れた場所にいる者同士も、同じ手術に「参加」できる。
「若手の医師が、頭だけではなく体で手術を覚えることができ、ラーニングカーブが急速です。また、一つの症例に対し同時に複数の医師が修練し、さらにアプリでオフ・ザ・ジョブ・トレーニングできる。新しい技術は、最初に興味本位で使うだけではなく、いかに継続できるかが重要。私から発信しなくても、誰もが当然に使う環境になれば、若い医師たちのポテンシャルがより引き出されるはずです」
医療需要の増加に加え「断らない」姿勢が地域の救急隊から信頼され、日々患者の受け入れが増加している同病院。現場の改善により、救急患者への対応力も上がり続ける。しかし高齢化による医療需要の増加が予測されるなか、それだけでは持続可能な医療とはならない。重要な視点は、重篤な患者を減らすことだ。
同病院は横浜市と連携し、地域住民への脳卒中の予防、早期発見、発症後の対応などの啓発活動、また救急隊に対する知識の提供にも注力する。「救急医療の充実とともに、横浜を予防医学における先進都市にしたい。日本中で模倣できる地域医療モデルの構築を目指す」と郭氏は語る。
医療の地域格差や医師不足、膨れ上がる社会保障費。国民がどこでも、誰でも質の高い医療を受けられる権利をいかに担保するのか。不安の声は大きくなるばかりだ。しかし郭氏は「現場から、課題を解決に近づける『医療イノベーション』が起こせるはずです」とポジティブさを崩さない。
「イノベーションは、これまでの知見を180度ひっくり返すことではありません。医学・医療の先人たちの積み上げた基礎を固めながら、新しい技術・知識を積極的に取り入れ、フレームを少し組み替えた時、大きな変革が起きる。そんな『温故知新』の医療イノベーションの一翼を、自分自身も担いたいと思っています」
郭氏にとって挑戦とは、「夢を実現する力」。そして変わらぬ夢は「脳卒中の撲滅」だ。
「挑戦なき者に進歩なし。無謀だといわれても、信念と継続する忍耐力があれば、夢は実現できると信じています。挑戦ができなくなった時、私の任務は終了です」
先進治療、組織づくり、人材育成、地域連携。郭氏の日々の活動は、来るべき脳卒中撲滅への大きなイノベーションを見据え、着実に進められている。