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原誠
HARA MAKOTO

原誠

はら耳鼻咽喉科 院長

定年後の人生を地域医療に捧げ、生涯一耳鼻咽喉科医を貫く
人生100年時代といわれる現代社会において「定年後をどう生きるか」について考えることは、従業者にとって避けて通ることはできない重要なテーマだ。定年まで全力で走り切ったのであれば、ゆっくり休むという選択肢も当然ある。だがその医師は、休まず生涯一耳鼻咽喉科医として地域医療に貢献する道を選んだ。その根底にある思いに迫る。
原誠
日米の最高学府で得た知見と技術を生かして

東京都江戸川区東葛西の住宅街の一角にある、はら耳鼻咽喉科。院長の原 誠氏は今年で67歳を迎える、この道40余年のベテランドクターだ。「でも、最初から医師を目指していたわけではなかったんですよ」と、柔らかな笑顔で話す原氏。
「都立両国高校から東京大学へ進学したときは理学部数学科だったんです。そこには天才がたくさんいた。どれだけ私がコツコツと頑張っていても、天才のひらめきにはまったくかないませんでした。そんなとき、親戚の入院先の病院で医師の仕事に触れる機会があり、医師になるのもいいなと思い、医学部に入り直しました」

その選択は正しかった。
「医学部は勤勉な秀才タイプが多かったように思いますね。机上で学び、臨床で経験を一つひとつ積んでいく医学のあり方が自分に合っていると感じました」
その後、順調に学業を修めていった原氏に再び選択のときが来る。
「今と違って当時は学生のうちに専門とする診療科を選ばなくてはならなかったのですが、科の数が多すぎてなかなか決められなかった。すると、耳鼻咽喉科で医局長を務めている同じ高校出身の先生が声をかけてくださったんです」

そうして同大医学部附属病院耳鼻咽喉科に入局した原氏は、この分野にのめり込むようにして研鑽を積んでいった。研修医を経て医局長として日々の診療や研究に勤しんでいたある日、アメリカの名門ハーバード大学への留学の話が舞い込んだ。
「最先端の医学を学びたい、耳の診療を極めたいという一心で家族と共にアメリカへわたり、2年間、電子顕微鏡を使って耳に関する病理学の研究を行いました」
そこで原氏は日本とアメリカとの医療レベルの差を痛感したという。

「亡くなった人の耳を標本にして分析するということは当時の日本ではまだ行われておらず、とても得難い経験でした。標本数も多く、それぞれの病歴もすべて記録されていた。病気の原因と発生過程を毎日研究しているうちに、だんだんその人の耳の中の状態が3次元の映像として見えてくるようになりました」
ここで得た知見と技術は、67歳になった今も原氏の中で息づいている。
「患者さんの表情や話を聞くだけで、ある程度どこを診なくてはならないかわかる。アメリカで学べたことは私の一生の財産です」

原誠
患者の幸せを一番に 夜間・休日診療に注力

帰国後はJR東京総合病院の耳鼻咽喉科に勤務。部長職まで務め、60歳で定年を迎えた。「ちょうど高年齢者雇用安定法が改正され、定年が65歳になる直前のタイミングでした。すでに世の中には『65歳まで働く』というような風潮がありましたし、私自身もまだ働けるとばかり思っていたので残念でしたね」
しかし、そこで原氏の医療への情熱は消えなかった。
「日米の最高学府で学んだことを次の世代に残したいという思いが強かったですね。退職後は複数の病院に掛け持ちで勤めましたが、いずれ体力的にも大変になるだろうと思い、開業を考えるようになりました」

原氏の開業はかつての患者たちの要望でもあった。
「真珠腫性中耳炎などで特殊な手術を受けられた方のその後の経過を診る医者がなかなかいないのです。大きな病院に通うと一日がかりで、患者さんにとっては負担が大きい」
そうした声を受けて、2014年、62歳のときに開業を果たす。
「生まれ育った江戸川区に恩返しをしたいという思いもありました。大学病院などと比べると、どうしてもまだまだ地域の医療レベルは低い。江戸川区の医療レベル向上に貢献したいと思いました」

開業当初はかつての患者の来院がありがたかったが、原氏の耳鼻咽喉科医としての確かな知識と医療技術は来院する患者数を着実に増やしていった。開業から今の所へ引っ越すまでは5,400人ほどだった患者数は、引越後はのべ10万人を超える。遠方からも数多くの患者がやってくるまでになった。
「夜間と休日の診療に注力していることもあります。急に耳が痛くなった、魚の骨が刺さったなど、翌日までそのままにしておくのはかわいそう。特にお子さんの事例が多いので、親御さんから喜ばれていますね。患者さんから『ありがとう』と言っていただけると、本当にこの仕事をやっていてよかったなと思います」

夜間・休日診療を行うためにはスタッフの力も欠かせない。
「患者さんの病気を治して、幸せになってほしい。皆が私と同じ志(こころざし)をもって患者さん一人ひとりに対応してくれるので、本当に助かっています」
また、これまでは原氏ひとりで診療にあたっていたが、昨年から後輩の医師が手伝ってくれるようになり、診療の幅が広がっていると言う。
「頭頚部用CTや超音波診断装置、ファイバースコープなど、大学病院レベルの充実した医療設備を整え、局所麻酔で手術が可能なものは当院内で処置をしています。完治まで患者さんに対する責任をまっとうできる、理想の医療環境を実現できていると感じています」
患者の幸せを一番に――。原氏はこれまでに培ってきたすべての経験を生かして、今日も地域医療の発展に力を尽くす。

原誠

はら耳鼻咽喉科 院長
http://hara-jibika.com/
※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。