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穴吹弘毅
ANABUKI KOKI

穴吹弘毅

穴吹整形外科クリニック 院長

脊椎疾患治療の最先端をいく
異端の医師が見据える日本の医療の未来
団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて、厚生労働省が策定した地域医療構想。多くの地域において実質的な病床減につながるこうした政府の指針によって「若い医師が夢をもちにくい時代になった」と、穴吹整形外科クリニックの穴吹弘毅院長は言う。腰痛をはじめとする日本の脊椎治療を最前線で牽引し続けるパイオニアの言葉から、日本の医療の明るい未来へとつながるヒントを探った。
穴吹弘毅
過去の常識にとらわれず、常に有効な治療法を追求

マッケンジー法やカイロプラクティック、漢方治療に、世界最先端の椎間板ヘルニア治療器DRX9000などを駆使した保存治療、そして内視鏡を使った日帰り手術から約6000例の実績を誇る全身麻酔手術まで、まさにあらゆる脊椎疾患治療が揃う穴吹整形外科クリニック。
院長の穴吹弘毅氏は1994年に自治医科大学を卒業した後、大分県で10年間にわたり地域医療に従事。その後はフジ虎ノ門整形外科病院などで研鑽を積み、2009年に同院を開いた。

いまでは日本の腰痛治療に広く用いられるようになったマッケンジー法は、従来の日本の腰痛治療ではタブーとされた後屈を基本としている。穴吹氏はこの腰痛エクササイズにいち早く注目し、論文や著書を通じてその普及に大きく貢献した第一人者でもある。

「日本の腰痛治療が大きく進歩したのはまだ最近のことです。私が医師になった当時の腰痛治療といえば、腹筋背筋やストレッチ、牽引や電気治療と、手術以外に治す方法は何もないに等しかった。私は35歳までに世界で発表されている腰痛に関する論文をほとんど読みましたが、これといった保存治療の論文にも出会えませんでした。そこで整形外科の治療に限界を感じたことが、自分自身で広い視野を持って学ぶモチベーションになった。苦しむ患者さんのためにもこのままではいけないと、カイロプラクティックや漢方などを学び、そうしたなかでマッケンジーエクササイズにも出会ったのです」

大分時代には、人口約2000人の村の診療所所長を3年間務め、村人たちの診療を穴吹氏がたった一人で行ったこともある。旧来の常識に縛られず、常に患者のために有効な治療法を追求する――。そうした穴吹氏の揺るぎない姿勢は、地域医療に長く関わり、常に近い距離で患者の苦しみと向き合ってきた経験によって形づくられたものでもある。

穴吹弘毅
“感動”こそが、日本の医療を支える原動力となる

金属のネジやフックで脊椎を固定する脊椎インストゥルメンテーション手術など、いまや日本で広く行われるようになっている脊椎外科手術。穴吹氏は日本の医師としては初めて、9名の日本人若手医師のうちの一人に選ばれ、サンフランシスコでの実技研修にも参加している。

「切開する範囲が少ない低侵襲のインストゥルメンテーション手術がこの20年間で当たり前になり、4時間の手術が1時間に、600ミリリットルあった出血量が20ミリリットルにまで抑えられるようにもなりました。当院で腰椎インストゥルメンーテーション手術を行った患者さんは99.9%が1週間で退院されますが、これもひと昔前までは考えられないことです」

穴吹氏がそう話すインストゥルメンテーション手術をはじめ、いまでは日帰りが可能な椎間板ヘルニアに対する内視鏡手術など、飛躍的に進歩した脊椎手術の世界。同院の6000例を超える手術実績は、穴吹氏がその進歩の最前線で常にメスを握り、多くの患者を苦しみから救ってきたことを意味している。
厚生労働省が2015年に策定した地域医療構想では、2025年を目処に各地域での実質的な病床削減の検討が進められている。結果、地方におけるベッドを備えた病院の開業がますます難しくなり、外来診療だけを行うクリニックばかりが日本中に増えているという現状がある。

「腰痛治療で大切なのは、できる限り迅速かつ正確に診断を行い、効果的な治療を提供すること。ところがそうしたクリニックの中には、患者を抱え込むために手術という選択肢を最初から除外してしまう整形内科も出てきます。当院でも原則として保存治療を薦めますが、治らない治療を続けることはありません。適切な治療のタイミングを逃すことで、神経麻痺が重くなってしまうケースも少なくはない。当院では他院から来られるそうした患者さんの受け皿になれるよう最大限の努力をしていますが、同じ治療を1カ月続けて良くならない場合には、少しでも早く当院に来てもらいたいというのが本音です」

また、地域医療構想によって「若い医師が病院開業などの夢を持ちにくくなっている」とも穴吹氏は言う。自らの年齢も50歳を過ぎ、医師を目指す息子と娘も成人した。若い医師が夢を持ちにくくなっているそんな時代に、いま自分は後進のために何ができるのか――。

「私の恩師である熊野潔先生は、85歳まで執刀されていました。手術の技術やチャレンジする姿勢など、自分もそういった大先輩たちの姿に感動したことが、医師として成長する原動力となったのです。だから私も、日々の治療を通じて、一人ひとりの患者さんはもちろん若い医師たちも感動させるチャレンジを続けていきたい。そうした感動に触れた若い医療者たちのパワーが、きっとこれから30年、50年の日本の医療を支えていくのだと思います」
目標は90歳まで自身で手術を行うこと。日本の脊椎疾患治療の最先端に立ち続ける穴吹氏、そのチャレンジのゴールはまだまだ先にあるのだろう。

穴吹弘毅

穴吹整形外科クリニック 院長
http://anabuki-seikei.net/
※ 本サイトに掲載している情報は取材時点のものです。