就任直後の経営危機から過去最高売上へ
2025年4月から「改正建築物省エネ法」が完全施行され、原則としてすべての建築物は、新築・増改築の際に、省エネ基準への適合が義務化されることになった。建築業界に対する環境負荷低減への要請は、かつてなく高まっている。
空調や電気、給排水、ITインフラなど、建物内のエネルギーをデザインする「設備設計」の役割は、極めて重要だ。しかし、その重要性とは裏腹に、設備設計者の不足は業界全体の課題となっている。割合で言えば、建物の造形を担う意匠設計者が100人いたとしても、設備設計者は10人にも満たないのが実情である。
昭和48年に創業した木村設計は、岡山県において、公共施設から医療福祉施設・オフィスビル・工場まで、多数の施設を手掛けてきた。同社の最大の強みは、意匠設計士と設備設計士、そして建物の安全性を守る構造設計士、すべての専門家が所属する、極めて珍しい「総合設計事務所」であることだ。
ほとんどの設計事務所は、設備設計を外部に委託しているため、コミュニケーションにどうしても時間がかかってしまう。一方、木村設計はクライアントからの要望や質問に対して、即座に社内で連携し、ワンストップで最適な答えを提示できる。迅速かつ誠実な対応がもたらすもの、すなわち「信頼」は、同社の競争力の源泉となっている。
そんな木村設計の代表取締役会長、髙田聖次氏が、先代から経営のバトンを受け取ったのは2018年。会社が業績面で厳しい局面を迎え伸び悩んでいた時期であり、逆境の船出だった。
「引き継いだ最初の年は、仕事がほとんどない状態でした。不安はありましたが、とにかくやるしかない。結果としては、赤字になることなく、今日まで積み重ねることができています」
V字回復の鍵は、事業領域の大胆な転換にあった。先代は地域の有力者との繋がりを軸に、主に官公庁の案件を手掛けていたが、公共事業そのものが減少する中で、髙田氏は以前から民間を中心とした人脈づくりに注力していた。
そのため、事業承継はまさに絶妙なタイミングだった。現在では民間組織からの依頼が案件の9割を占め、そして2024年には、ついに過去最高の売上を記録。長年にわたり髙田氏が培ってきた「人の繋がり」が、会社の危機を救うかたちで花開いた瞬間だった。
「人間力」で目指す、100年企業への道
髙田氏のキャリアは、決して平坦なものではない。もともと料理が好きで、自分の店をもちたいと思っていた。大学時代の知人が開業したイタリア料理店を手伝うも、軌道に乗らず廃業、無職のまま結婚式を迎えることに。建築はまったくの未経験だったが、働きながら夜間の学校に通い、30代で二級建築士の資格を取得した。
そんな髙田氏が感慨深く振り返るのは、30代後半で営業職に移り、入会した商工会議所青年部での一幕だ。尊敬する先輩の「人の繋がりが大事だよ」という言葉が、心に深く響いたという。
「直接、仕事をもらうために接するだけが営業ではないのだと気づきました。人の縁を拡げていけば、ふとしたときに声をかけてもらえるようになる。先代とは異なる方法論でしたし、時間はかかりましたが10年経ったころには、手応えを感じるようになりました」
「いちばん大切なものは『人』」という髙田氏。組織づくりにおいても、誰もが主体的に挑戦できる組織づくりを目指した。
「今までは、先輩が計画した仕事を若い子が手伝う、という流れでした。しかし、それでは作業感覚になってしまい、なかなか人が育たない。若いうちから責任ある物件を任せ、企画から完成までやり遂げてもらう方が、早くに一人前になれます」
竣工式で顧客から「良いものができた」と、感謝の言葉をかけられることが、何よりの成長の糧だ。
また、働き方にも変化をもたらした。かつてはスーツが当たり前だった服装を、カジュアルもOKに。ノー残業デーも設けた。また、3D CADを積極的に導入し、完成イメージを綿密に顧客と擦り合わせることによって、致命的な手戻りをなくし、満足度を劇的に向上させた。
卒業文集に「社長になる」と記したかつての少年、髙田聖次氏。その夢を叶え、会社を成長させた今、次の目標に掲げるのは「100年企業」だ。その実現のため、2025年8月、設計部門のリーダーを新社長に任命し、髙田氏は会長に就任する新体制へと移行した。
社長・会長の役割を明確にし、自身は営業に専念することで、それぞれの強みを最大限に活かす狙いだ。岡山県内だけでは、いずれ成長に限界が訪れる。既に全国へと視線を向けている髙田氏は、県人会をはじめあらゆる機会をとらえて人脈づくりに邁進している。
「設計業はAIの進化により、この5年10年で大きく変化していくことでしょう。しかし、人の繋がりは変わりません。かっこつけずに、自然体で、誠実に対応し続けること。私は、それをずっと大事にしていきます」
イタリア料理店の挫折からはじまった異色の挑戦者の物語は、今、新たな章に突入した。誠実さを礎に、人と人との縁を紡ぎながら、髙田氏は会社の、そして街の未来を設計し続けていく。